パリのブドウとブドウ畑 VIGNES
ET VIGNOBLES DE PARIS
ベルシ一のブドウ畑 Les
vignes de Bercy (2/2)
ベルシ一のワイン倉庫はつい最近まで、フランスはもとよりひょっとしたらヨ一ロッパでも一番重要な倉庫であった。ベルシ一は今日でも、このことを偲ばせる数本のブドウの株を所有している。
現13区のベルシ一公園のイズヤック・ラバン庭園には1966年以来、682平方に
渡って植えられたソ一ヴィニイヨンとシャルドネ一,及び341平方の食用のぶどうがあるということが分かっている。
ベルシ一は、主にブルゴ一ニュ地方とボジョレ一地方から河川によって首都に運ばれてくる、ほとんどのワインや蒸留酒がかならず通る交差点であった。
ルイ14世下に出来たベルシ一の一番最初のワイン倉庫をはじめ、これより3世紀に渡って絶えることなく、めんめんと続いていったのである。
セ一ヌ川を船で運ばれた首都向けのワインの樽は、陸揚げされ、ベルシ一の酒倉に納められた。
ベルシ一の倉庫はパリ郊外にあったので、当時、ワイン業者は税金を払わずに済んだ。(下記はベルシ一の入市税納入所の門)
1878年、パリ市はベルシ一の倉庫を正式にパリ市に組み入れた。パリの一般大衆や社交界の人たちが、おおぜいセ一ヌ河畔の酒場に押し寄せてきた当時のベルシ一は、《愉快なベルシ一》と呼ばれていた。
ワインがパリよりはるかに安かったので、ロッシェ一・ド・カンカル、オ一・マロニエ、そしてオ・ソレイユ・ド一ルなどの酒場では多量のワインが飲まれ、
日曜日や祭日の河畔は、船競技やさまざまな余興が催されたり、花火が打ち上げられたりした。
これらのワイン倉庫は、19世紀に大きな飛躍を遂げた。
ワイン業者は彼らのワインを、船でセ一ヌ河畔に運びよせたり、今ではもう失くなってしまったラップ駅からタンク車で運びよせたりした。
こうしてワイン業者たちは、増え続けるパリジャンたちのワイン消費量に対応しなければならなった。
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