まとめ

カフェの歴史
HISTOIRE DES CAFES

パリの歴史的カフェ
CAFES HISTORIQUES
ラ・クーポール
La Coupole

歴史的なカフェ プロコープ 
Le Procope
歴史的なカフェ
La Closerie des Lilas
リップの長い物語
Le café Lipp
ブラッセリー ウェプレール
Le Wepler
ジンマー
Le café Zimmer
レ・ドゥ・マゴ

Les deux Magots
カフェ・ド・フロール
Le café de Flore

カフェ・ド・ラ・ぺ
Le café de la Paix

カフェとブラッスリーの文学賞
PRIX LITTERAIRES

 

ジンマー 

Le café Zimmer

 1870年の普仏戦争の後、ゼイヤー家やウェプレール一家のように、
数多くのアルザス人家族がパリに移住してブラッスリーをつくっていきました。
ジンマー家もその一つ。ナポレオン三世統治下の、セダンにおけるフランス軍の
敗北の後、パリにただよっていたドイツ的雰囲気のため、愛国心の強いフランス人
たちはジンマーを嫌っていました。


『フランス通信』の記者が1898年に、アルザス人の主人であるジンマー氏が
フランス側につくことに決めた、と書き、ジンマーに対する不安を和らげて
くれたため、それからは美味しいビールの愛好者たちがブラッスリー・
ジンマーに通えるようになったのです。

 ブラッスリー・ジンマーの歴史は1896年からシャトレ劇場と密接に
結びついています。ブラッスリーを劇場のホールと隔てているのは
一枚の扉だけなんです。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、4階だてのブラッスリーは
大きくて豪奢な建物でした。しかも、1920年代には、レストランの
給仕をする全従業員の中には消防士、カフェ経営者、刃物製造者、酒蔵係まで
いたのです。

 ここにはサラ・ベルナール、ジュール・ヴェルヌ、リチャード・ストラウス、
グスターブ・マーラー、アルトゥロ・トスカーニ、クロード・ドビッシー、
エミール・ゾラ、マルセル・プルースト、ギョーム・アポリネール、ヴァスラブ・
ニジンスキー、セルジュ・ディアギレフ、エドモンド・ロスタンド、アンリ・ド・
トゥルーズ・ロートレック、パブロ・ピカソ、イゴール・ストラビンスキー、
ルイ・フェルディナンド、セリーヌ他たくさんの人々が通っていました。

 2000年には、装飾家のジャック・ガルシアが、パリで最も美しいカフェの
一つとして、シャトレ広場で成功しているこの歴史的な場所を改装しました。

「このブラッスリーには現在2つの地下室があるが、ここには入口が塞がれた3つ目の地下室が存在していた、と言われている。第二次世界大戦中、レジスタンスの同志たちはこの3つ目の地下室に集まっていた。ここはもともと秘密の武器庫が改修されたものだろうと言われている。近年、イスラエルに住んでいる老人がパリに立ち寄った際、情熱に満ちた口調でこの話を主人に説明したという。彼はあのゲシュタポでさえもつきとめることのできなかった地下室のお陰で、なんとか悲惨な生活に耐えることができたのだ。残念ながら、この地下室はいまだにみつけられていない。謎は残るままである。」とインターネットサイトに記載されている。