まとめ

カフェの歴史
HISTOIRE DES CAFES

パリの歴史的カフェ
CAFES HISTORIQUES
ラ・クーポール
La Coupole

歴史的なカフェ プロコープ 
Le Procope
歴史的なカフェ
La Closerie des Lilas
リップの長い物語
Le café Lipp
ブラッセリー ウェプレール
Le Wepler
ジンマー
Le café Zimmer
レ・ドゥ・マゴ

Les deux Magots
カフェ・ド・フロール
Le café de Flore

カフェ・ド・ラ・ぺ
Le café de la Paix

カフェとブラッスリーの文学賞
PRIX LITTERAIRES

 

レーモン・コスト ドゥ・マゴのカフェのギャルソンとしての誇り

Raymond Costes, garçon de café au café Deux Magots


 レーモン・コストさんはパリのカフェのギャルソンの、今日に残る
シンボルともいえる人です。かつてカフェでは、全てのギャルソンは
同じ制服を着ていました。彼らにとっての黄金律、それはお客さんに
サービスし、気配りをすることだったのです。

 人を茶化すようなヒゲ、オーベルニュ地方の方言と彼の優しさが、
ギャルソン長としての人物を形作っています。年が経っても、彼の
この仕事に対する誠実さは変わりません。彼の名刺には両面に「ギャルソン」
と書かれているのです。表面はパリのドゥ・マゴ用に、そして裏面は
東京の仲間達用につくられた名刺です。

 

 カフェのギャルソンになるまで

 アヴェイロン地方の9人兄弟の長男だったレーモン・コストを
ドゥ・マゴの象徴、そして特に日本への大使として宿命づけていたものは
何一つありません。彼は家族の農場にとどまるよりは、とパリへ来ることを
選んだのです。アヴェイロンのコスト家の近くに土地を持つ、現在の
ウェプレールの主人であるミシェル・ベシエール氏が、レーモンが
パリに到着した時に迎えに来てくれた人物でした。レーモン・コストは
ウェプレールでカフェの仕事における全ての役割を学んでいったのです。
その後彼はドゥ・マゴの現在の主人、ルネ・マティヴァに呼び寄せられるまで、
カフェ・ド・ラ・ペで働きました。「私はマティヴァ氏に雇われた最後の
人物なんです。ここでは今でも30人ものギャルソンが働いています。」

レーモン・コスト ドゥ・マゴ東京の大使

 彼の顔つきと交際のセンスによって、レーモンは機会があるごとに、
ドゥ・マゴを外の世界に伝える人物となりました。これは特に文学の
祭典の時に言えることです。彼は日本人が東京に同様の事業をおこそうとして
ドゥ・マゴの名称を買い取った時にも力を発揮しました。レーモンは東京で
日本人のギャルソンにフランス流のサービスの手ほどきをするために2ヶ月を
過ごしたのです。

 デリケートで形式を大切にする日本人が、彼らの研修のためにレーモン達を
呼び寄せたのは、まさにドゥ・マゴがサービスというものや伝統の尊重という
確かな価値をもった最後の存在だからと言えるでしょう。

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