ジャン=ピエール・ヴィガト グラン・シェフへの道のり
Jean-Pierre Vigato
小さなジャン=ピエールに上質なものの味わいを教えてくれたのは、
彼の母と祖母でした。持ち前の勇気と才能がそれに拍車をかけました。
55歳のジャン=ピエール・ヴィガトは、ミシュランの2つ星を獲得した
グラン・シェフで情熱の料理人です。彼の生き様をご紹介します。
シンプルな家庭の味が彼をグルメに育てていきました。
台所一杯に香りが広がってゆく、おばあちゃんの手作りジャムを
スプーンで味見する喜びといったら・・・!
こうして彼の料理に対する情熱が徐々に湧いて来たのです。
14歳の時、生まれも育ちもパリ地方だったジャン=ピエール・ヴィガトは
学校をやめました。彼は「ムーラン・ドルジュバル」で、3年間料理の修業をします。
そこをやめて兵役を終えた後、彼は今度はウェイターとして働きながら、同時に
英語と経営の学校に通っていました。彼は根っからの仕事人。
唯一の休みの日だって、彼は他の店に働きに行くのです。
彼がレストラン界の仲間入りを果たしたラシェル通りは、華々しい地区からは
遠く離れた、パリの北、クリシー広場近くの袋小路にありました。彼の奥さんが
店内で働き、彼は厨房で料理を担当していました。ここで彼らはミシュランの
1つ星を手にすることになったのです。24席しかない小さなレストラン、
「グラングジェ」にありがたい知らせがやってくると、すぐにこの店は
彼らに新しく湧いた野心にとっては手狭な店になりました。
それからたったの3年半で、有名なマカロンによって手にした名声のおかげで、
若きシェフ、ジャン=ピエール・ヴィガトは、パリ17区のヴィリエール大通りに
店を出すだけの資金を調達することができたのです。彼の新しいレストランは
「アピシウス」という名になりました。彼はここでミシュランの2つ星を獲得します。
そしてここで20年間料理し続けることになるのです。
今日では、「アピシウス」は移転して、シャンゼリゼ大通りからほど近い、
一戸建ての家を改装したレストランとなっています。
ゴルフと狩猟に情熱をもやし、タバコの箱を決して遠くにやることのない彼は、
今後は新しい世代に彼の経験を伝えていこうとしています。ジャン=ピエール・ヴィガトは、
若いシェフにアドバイスをしながら新たなビストロの冒険を
はじめています。
彼の目的はいつだって同じ。それは食卓の快楽を人々に与えるということなんです。
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